目が結膜炎というかものもらいな感じになり、
耳は中が赤くなって腫れてるので中耳炎な感じです。
よく「目から鼻に抜けている」って言いますけど、
目も鼻も炎症しているので、抜けてない気がします・・・。
やっと保険証もゲットしたので、病院に行かねばと思います。
さて、昨日たまったまある言葉に出会ったんですけど、
「健康寿命」という言葉があるそうなんです。これは
介護を受けたり寝たきりになったりせずに日常生活を送れる年月のことです。
で、その「健康寿命」は男性が71.19歳、女性が74.21歳だとのこと。
あれ?日本が世界一を誇る「平均寿命」って
もっと長くなかったでしたっけ?
Wikipediaの"Life expectancy"によると、
日本人は男性80歳、女性87歳(2015年)だそうです。
つまり、10年前後は寝たきりか要介護ということなんですね。
このネタ、私はNativeと話す時によく使います。
なぜかというと、血液型と一緒で
ここまで平均寿命を気にしているのは日本人だけだと思うからです。
(ちなみにPeterもEmyも自分の血液型知らない/忘れたって言ってました)
そして、日本人って寿命が長くて、
それは国民性とか食事とかいろいろ言われていますが、
結局寝たきり/要介護期間が長いからでは?
って考えられるわけです。
寝たきりの場合、呼吸や食事について
かなりの外科的?な補助がされている可能性もあります。
大学院で薬剤師として実習に行った時あるドクターから聞いたんですが、
ご老人の生命機能が落ちて、人工呼吸や胃瘻を施すのは
日本人だけなんだそうです。
呼吸ができなくなる、嚥下できない、
そしたら、そのままその時が来るのを見守り
最低限の補液(水分などの点滴)に止めたりするとのことなのです。
もしこの日本の医療上の慣習が他国のようになったら、
日本が長年守ってきた平均寿命世界トップから
あっという間に落ちちゃうかもしれないなーと思うのです。
大学院2年間はおじいちゃんおばあちゃんの介護で
大学院と祖父母のところを往復する日々だったんですが、
おじいちゃん達が入院している病院は、
意識もほとんどないのに呼吸器挿管や胃瘻で
生きている方が結構いらっしゃいました。
家族としてはいろいろな意味で難しいところです。
私が小学校の時に脳死判定と臓器移植について
ものすごい議論があった覚えがあるのですが、
日本人の死生観って欧米人とはかなり違いますよね。
これはNativeたちと深い話をするとすぐに気付きます。
そしてまたこれも違うのが、その時が来るまでの話し合いです。
もし意識がなくなったらどうするか?
生命維持装置がついたらどうしてほしいか?
家族や周りの人と話すことってあまりないですよね。
だからそうなった時、誰も決められないから
人工呼吸器と胃瘻を開けざるをえないんだと思うんです。
私は「その時」について、もっと事前に話し合ったり
意思表示を何かの形で残したほうがいいな、とすごく思います。
追伸:
家族の誰かが要介護になると、必ず大変になるのは女性です。
(最近は男性で苦労されている方も多いようですが・・・)
大学院の時にインターンである会社に行ったんですが、
そこのマーケティングの人がこう言ってました、
「赤ちゃんのおむつ替えは褒めてもらえるのに、介護のおむつ替えをしている女性たちは褒めてもらえない」
そこをしっかりケアするメッセージを、広告戦略にのせているっておっしゃってましたね。
追追伸:
これは私の個人的な意見なんですけど
日本人の患者さんはもらう薬も受け身な印象です。
まあ、医師の診察もあの短さですからね、そうならざるをえないのですが、
何か病気になっても治療法は大体複数あります。
それを全て理解した上で選ぶ姿勢も大事だと思うんですよね。
プレセボ効果(効くと信じると例えうどん粉の塊でも効果があること)もあるので、
飲んでる薬への確信が高い方が効くような気もしますしね。
胃瘻を止める決断って、想像以上につらいものなのですよ。
本人の意思が確認できていないと、長男が思い決断をすることもあります。
兄弟で話し合いができればいいですが、そもそもその時点では
かなり仲が悪くなっているケースも多いです・・。
最近では香港あたりに抜かれているようですが。
生前に家族でよく話し合いをすることが必要ですね。
頭のほうが怪しくなってから、財産問題でもめる家が多いです。